私の部屋
はじめてのVIP気分
これからもお付き合い頂ければ、わかってくると思いますが、とにかく私が動くと何かが起こるのですね。それは、いいことだったり、悪いことだったりと、、、。なかなか経験できないことを経験してしまうんですね。
今回は、始めて仕事としてつまり出張で海外へ行った時のことをお話しましょう。
ご存知のとおり、私がいた業界でも価額、コストの戦いがあり、お隣の国韓国で生産することを商社に奨められ、メーカー探しと状況を知るために社長である父と商社の人間2人の計4人で行くことになったのです。
その年が1986年7月です。よく覚えているでしょう?忘れられない出来事があり、覚えているのです。その出来事に関しては、追々お話していくことにしまして、朝10時ごろの飛行機で以前のソウルの空港である金浦空港に11時半ぐらいに到着です。
いきなり丸や棒の組み合わせの文字、これがハングルかとか思いながら、税関を通り外へ出てビックリしました。航空内の警備は軍隊の方々なのです。自動操縦を抱えて二人1組で歩いているのです。そして軍服のズボンに金属の玉を入れているのか 歩く度にカシャカシャとカッコイイ金属音がなるのです。
空港ロビーに出ると何社かの韓国商社やソックス関係の会社の出向かいでした。
はじめてのVIP気分です。確か迎えに15人ぐらいは来ていたと思います。
まずホテルへ当時最高級のホテルで有名であったロッテホテルの宿泊となります。チェックイン後食事初めての食事ですが、まぁ初めと言うことでホテルの地下にある桃山という日本料理店で食事することになりました。
食事後、2件の商社巡りです。いろいろなサンプルとかを見て、コストを出してもらい検討するという形です。行く前から、社長より名刺代わりにコスト的に問題なければ、発注するように言われていたので、デザイン等は後での打ち合わせでどの糸を使ってどの機械を使ってするかという大まかな発注を各社にしていきました。
それが終わってからが、もう生まれて初めてのVIP接待を受けるのです。
キーセンパーティといってこちらでいう芸者遊びみたいなものですが、個室の座敷に大きなテーブルが並び、その上には、宮廷料理が所狭しと並ぶのです。
そして、席に着くとママさんと女の子数人がとなりの座敷に並んで座りご挨拶があるのです。
それから、自分好みの女の子を指名するんですね。その指名した女の子が横に座り、食事のお世話をしてくれるのです。
はじめての経験、天国に昇るような気分です。たぶん鼻の下はすごく伸びていたことと思います。女の子は、ほとんど日本語があまりしゃべれない子が多かったと思います。
またの機会にお話しますが、このキーセンパーティには、2種類あり、観光用と接待用があるのです。接待用の場合は、韓国人相手が多い為日本語はあまり必要ないようです。反対に観光の場合は、日本語は絶対ということのようです。詳しいことは、次の機会にお話させて頂きます。
喜ぶのも束の間、食事の席には付きもの そうです。お酒です。当時は、ウイスキーが準備されていました。しかも男6人の女の子6人で3本すでに準備されていたのです。
そして、ぐい飲みグラス 水割りそんなものありませんよ。ストレートです。
始めてお会いした商社のお偉いさん方々ですので、いくらこちらが客でも余り無礼なこともできません。とにかく先方の2人だけには返杯してくれと日本の商社の方から言われ仕方なく了解する。しかし、それだけでも5杯になるんですよね。まずみんなで1杯乾杯でしょ。そして自分のグラスを相手に渡して飲んで頂く、それの返しで1杯ふたりで2杯そして相手方ふたりから1杯ずつで計5杯となるのです。
ぐい飲みグラス5杯といえば、はっきり分からないけど、100ccはあるんじゃないでしょうか。それだけでもうダメ。それも一気ですからね。チビチビは失礼に当たりますからね。
だから、1杯一気で飲んで、すぐにコップ一杯の水を飲んで胃の中で水割りにするという感じになるのです。
さすがに真っ赤になった顔を見てか、それ以上のお酒は勧められませんでした。
そして始めて見るものを少し少しずつよそってもらって食べるんですね。まぁ口に合うもの合わないものとありましたが、たくさん食べれたということは口に合っていたのでしょうね。
食事もほぼ終わるころには、ウイスキーの瓶は5本空になり、新しいものが1本出てきていました。凄い韓国と変なところで感心。
だいたい韓国の人が飲みに行けば、ボトルのキープなんてないそうです。必ず空にして帰るそうです。それが2本になるときもあれば、切りがないようです。
食事も終わったし、そろそろ帰れるかなぁと思いきや変な3人組のバンドが入ってくるのです。
そうです、カラオケとダンスパーティの始まりなのです。
日本の歌もあるのですが、古いものばかり。それで歌い踊りして約1時間ぐらいしてお開きとなりました。確か6時半ぐらいに入って10時ぐらいまでいたと思います。
そして、またまたびっくりはおみやげができるのです。本来接客のチームのおみやはないのですが、ひいきにして頂いている商社でもあり、ママが先に根回ししていたようです。
おみやと言えばわかりますよね。連れて帰って何をすることになるんですね。もちろん翌朝までです。
ここで初めての事件が始まるのです。それぞれ商社りお抱え運転手付きの車でホテルへ送ってもらい各部屋へとなる訳です。部屋に入ったら、日本の商社の方から、明日の予定と集合場所と時間の連絡と女の子への包み(お金)の件の話がありました。
私は、本当に気持ちがないとエッチできないのです。しりゃ~男ですから、好奇心もあるのですが、したいとまではいかないんですね。恥ずかしいという気持ちもあるからかも知れません。
それで、その商社の方に女の子は必要ないことを告げると慌てて私の部屋にお金を持ってやってくるじゃありませんか。何を勘違いしたのか、私がお金を持っていないと思ったらしく。事情を説明したら、それであればしなくてもいいので、店のママとの付き合いもあるので朝まで女の子とだけいてくれというのです。
まぁそういう事情であればと思い、朝まで一緒に寝ることになったのです。当時の韓国女性は日本女性とは違いまだまだ儒教の教えが残っており、礼儀作法等がすごく良くできていて気持ちはよかったですね。部屋に入れば、すぐにスリッパを探して履き替えさしてくれたり、上着を脱がしてハンガーにと私がする前になんでも気がついてしてくれました。
しかたないので話をしたりして、お互いシャワーをしてベットへ私は全然する気もなく寝ようとすると女の子がしようとしてくるのですね。そりゃ~お仕事ですからね。でも私がいいよってジェスチャーでいうと困った顔をするのです。いろいろ日本語で説明するのですが、通じないのです。最後には泣き出して帰るというのです。困って相手の迷惑も考えず、商社の人へ内線で話しし、そちらの女の子に説明してもらう為に私の部屋へ来てもらうことにまでなってしまいました。
私も当時ウブだったこともあり、理解できないことも多々ありました。彼女のいうことは、はじめ私が指名して一緒に食事もした。そしておみやもすると言ってここへ連れてきてあれをしないのはおかしいということです。魅力がないのか、気に入らないのかはっきりして欲しいということです。そうであれば、帰るし他の女の子とチェンジするということらしいのです。
簡単に言えば、彼女のプライドに傷を付けた形となったようなのです。いくら私の気持ちを言ってもそんな男はいないと受け入れなのです。それのやりとりで朝方4時ごろまで私の部屋で4人が、、、、。
時間も時間ということで、なにもせず朝まで寝ることに、、、、。というか変な気分で寝れない。起き出して1人冷蔵庫のものを飲んでいると、その子も起き出してきて一緒に朝までお話タイムしました。そのひとときで通じたのか やっと彼女にも笑みがこぼれほっとしたという事件みたいな体験でした。
さぁ 翌日の夜が一生忘れることができない出来事が、、、、、、。
これからもお付き合い頂ければ、わかってくると思いますが、とにかく私が動くと何かが起こるのですね。それは、いいことだったり、悪いことだったりと、、、。なかなか経験できないことを経験してしまうんですね。
今回は、始めて仕事としてつまり出張で海外へ行った時のことをお話しましょう。
ご存知のとおり、私がいた業界でも価額、コストの戦いがあり、お隣の国韓国で生産することを商社に奨められ、メーカー探しと状況を知るために社長である父と商社の人間2人の計4人で行くことになったのです。
その年が1986年7月です。よく覚えているでしょう?忘れられない出来事があり、覚えているのです。その出来事に関しては、追々お話していくことにしまして、朝10時ごろの飛行機で以前のソウルの空港である金浦空港に11時半ぐらいに到着です。
いきなり丸や棒の組み合わせの文字、これがハングルかとか思いながら、税関を通り外へ出てビックリしました。航空内の警備は軍隊の方々なのです。自動操縦を抱えて二人1組で歩いているのです。そして軍服のズボンに金属の玉を入れているのか 歩く度にカシャカシャとカッコイイ金属音がなるのです。
空港ロビーに出ると何社かの韓国商社やソックス関係の会社の出向かいでした。
はじめてのVIP気分です。確か迎えに15人ぐらいは来ていたと思います。
まずホテルへ当時最高級のホテルで有名であったロッテホテルの宿泊となります。チェックイン後食事初めての食事ですが、まぁ初めと言うことでホテルの地下にある桃山という日本料理店で食事することになりました。
食事後、2件の商社巡りです。いろいろなサンプルとかを見て、コストを出してもらい検討するという形です。行く前から、社長より名刺代わりにコスト的に問題なければ、発注するように言われていたので、デザイン等は後での打ち合わせでどの糸を使ってどの機械を使ってするかという大まかな発注を各社にしていきました。
それが終わってからが、もう生まれて初めてのVIP接待を受けるのです。
キーセンパーティといってこちらでいう芸者遊びみたいなものですが、個室の座敷に大きなテーブルが並び、その上には、宮廷料理が所狭しと並ぶのです。
そして、席に着くとママさんと女の子数人がとなりの座敷に並んで座りご挨拶があるのです。
それから、自分好みの女の子を指名するんですね。その指名した女の子が横に座り、食事のお世話をしてくれるのです。
はじめての経験、天国に昇るような気分です。たぶん鼻の下はすごく伸びていたことと思います。女の子は、ほとんど日本語があまりしゃべれない子が多かったと思います。
またの機会にお話しますが、このキーセンパーティには、2種類あり、観光用と接待用があるのです。接待用の場合は、韓国人相手が多い為日本語はあまり必要ないようです。反対に観光の場合は、日本語は絶対ということのようです。詳しいことは、次の機会にお話させて頂きます。
喜ぶのも束の間、食事の席には付きもの そうです。お酒です。当時は、ウイスキーが準備されていました。しかも男6人の女の子6人で3本すでに準備されていたのです。
そして、ぐい飲みグラス 水割りそんなものありませんよ。ストレートです。
始めてお会いした商社のお偉いさん方々ですので、いくらこちらが客でも余り無礼なこともできません。とにかく先方の2人だけには返杯してくれと日本の商社の方から言われ仕方なく了解する。しかし、それだけでも5杯になるんですよね。まずみんなで1杯乾杯でしょ。そして自分のグラスを相手に渡して飲んで頂く、それの返しで1杯ふたりで2杯そして相手方ふたりから1杯ずつで計5杯となるのです。
ぐい飲みグラス5杯といえば、はっきり分からないけど、100ccはあるんじゃないでしょうか。それだけでもうダメ。それも一気ですからね。チビチビは失礼に当たりますからね。
だから、1杯一気で飲んで、すぐにコップ一杯の水を飲んで胃の中で水割りにするという感じになるのです。
さすがに真っ赤になった顔を見てか、それ以上のお酒は勧められませんでした。
そして始めて見るものを少し少しずつよそってもらって食べるんですね。まぁ口に合うもの合わないものとありましたが、たくさん食べれたということは口に合っていたのでしょうね。
食事もほぼ終わるころには、ウイスキーの瓶は5本空になり、新しいものが1本出てきていました。凄い韓国と変なところで感心。
だいたい韓国の人が飲みに行けば、ボトルのキープなんてないそうです。必ず空にして帰るそうです。それが2本になるときもあれば、切りがないようです。
食事も終わったし、そろそろ帰れるかなぁと思いきや変な3人組のバンドが入ってくるのです。
そうです、カラオケとダンスパーティの始まりなのです。
日本の歌もあるのですが、古いものばかり。それで歌い踊りして約1時間ぐらいしてお開きとなりました。確か6時半ぐらいに入って10時ぐらいまでいたと思います。
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おみやと言えばわかりますよね。連れて帰って何をすることになるんですね。もちろん翌朝までです。
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私は、本当に気持ちがないとエッチできないのです。しりゃ~男ですから、好奇心もあるのですが、したいとまではいかないんですね。恥ずかしいという気持ちもあるからかも知れません。
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まぁそういう事情であればと思い、朝まで一緒に寝ることになったのです。当時の韓国女性は日本女性とは違いまだまだ儒教の教えが残っており、礼儀作法等がすごく良くできていて気持ちはよかったですね。部屋に入れば、すぐにスリッパを探して履き替えさしてくれたり、上着を脱がしてハンガーにと私がする前になんでも気がついてしてくれました。
しかたないので話をしたりして、お互いシャワーをしてベットへ私は全然する気もなく寝ようとすると女の子がしようとしてくるのですね。そりゃ~お仕事ですからね。でも私がいいよってジェスチャーでいうと困った顔をするのです。いろいろ日本語で説明するのですが、通じないのです。最後には泣き出して帰るというのです。困って相手の迷惑も考えず、商社の人へ内線で話しし、そちらの女の子に説明してもらう為に私の部屋へ来てもらうことにまでなってしまいました。
私も当時ウブだったこともあり、理解できないことも多々ありました。彼女のいうことは、はじめ私が指名して一緒に食事もした。そしておみやもすると言ってここへ連れてきてあれをしないのはおかしいということです。魅力がないのか、気に入らないのかはっきりして欲しいということです。そうであれば、帰るし他の女の子とチェンジするということらしいのです。
簡単に言えば、彼女のプライドに傷を付けた形となったようなのです。いくら私の気持ちを言ってもそんな男はいないと受け入れなのです。それのやりとりで朝方4時ごろまで私の部屋で4人が、、、、。
時間も時間ということで、なにもせず朝まで寝ることに、、、、。というか変な気分で寝れない。起き出して1人冷蔵庫のものを飲んでいると、その子も起き出してきて一緒に朝までお話タイムしました。そのひとときで通じたのか やっと彼女にも笑みがこぼれほっとしたという事件みたいな体験でした。
さぁ 翌日の夜が一生忘れることができない出来事が、、、、、、。
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